マカオのホテルを選ぶための、マカオのホテル&カジノの歴史

 

マカオのカジノ&ホテルには、いわゆる、リスボア系とラスベガス系があって、それぞれ微妙にわずかながら異なった流儀、スタイルを持っている、と言われています。

伝統のマカオスタイルと、米国などの世界規準スタイル。

それらは、どこがどう違うのか、は個々の部分で違いがあっても、全体として言える明確なものではないし、また世界規準がどのようなものであり、優れているとも言えないわけですが、どうもそのような何とも言えない流儀の差異があるらしいのです。

こういったことをちらっと頭のなかに入れながら、マカオのホテル&カジノの歴史を見てみるのも、いいかも知れません。

 

インテリアの趣味、スタイルや、カジノゲームのルールのわずかな違いは、見た目にすぐわかることですが。一方で、流儀の差異もなくなってしまうのかも、ということもあります。

世界規準の外国資本のマカオのカジノも、客層は大部分が中国人であり、中国のカジノゲーム「大小」と中国人がこればかりをする「バカラ」が、世界規準のカジノの流儀も、飲み込んでやがて消化してしまうのかもしれません。

 
 

マカオのホテル&カジノの立地は、二つの島に分かれます。世界遺産があるマカオ半島側と、タイパ地区とコタイ地区とコロアン地区で出来たタイパ島側です。

タイパとコロアンは、それぞれかって島であったのですが、このふたつの島のあいだを埋め立てて、ひとつの島にしてしまいました。埋め立ててできたところがコタイ地区です。

 

このコタイ地区に、複合リゾート型の、ベネチアン・マカオTHE VENETIAN MACAOが、2007年8月に開業し、それから次々と、同様の複合リゾート型の施設が加わっていくわけです。

2007年8月、ベネチアン・マカオ THE VENETIAN MACAO のゾーン

2009年6月、シティーオブドリームズ City of Dreams のゾーン、
2011年5月、ギャラクシー・マカオ Galaxy Macau Resort のゾーン、、
2012年4月、シェラトン、コンラッド、ホリデイインの3つのホテルが並ぶサンズ・コタイ・セントラル Sands Cotai Central のゾーン

が、建設され、オープンしました。まったく計画的です。このコタイの複合リゾート計画はまだまだ拡大中です。

 

干拓で新しくできた土地には、初めから充分に、集客規模と集客のための魅力を計算され構想されたものが、可能でした。

お父さん独りがカジノに行く、でなく女性もカジノする、さらに子供も(カジノ以外)一緒に行く、ファミリーレジャーランドとしての巨大複合リゾート型のホテル&カジノです。
このコタイ地区の複合リゾート型のゾーンが、近年のマカオのすさまじい観光客集客とすさまじいマカオカジノの売上げ収入の拡大を、おおきく担っています。

 

一方、世界遺産があるマカオ半島側のホテル&カジノのゾーンは、古くからの市街地のなかにある歴史的なカジノ&ホテル地区として、また2002年のカジノ運営権の国際入札で進出した外国資本による新興カジノ&ホテル地区として、それらが隣接して、存在しています。
 

 

マカオのカジノの歴史は古く、公式カジノとしては1847年ポルトガル政府によるカジノ承認に始まります。

そして1961年からは、マカオのカジノ王と言われるスタンレー・ホー氏がカジノ経営権を独占していました。この時期にカジノにホテルを組み合わせ、港湾を整備し香港とのフェリーを就航させ、観光客をカジノに集客する現在のスタイルを作りました。

スタンレー・ホー氏が経営するリスボアを起点にマカオフェリーターミナルとのあいだにある友誼大馬路の北側周辺にあるのが、スタンレー・ホー氏を歴史的ボスとして発展してきた伝統的なカジノ&ホテル街です。

沢木耕太郎氏の大ロングセラーとなっている1970年代の体験を綴った旅行記『深夜特急』は、当時、リスボアでカジノをしたことを書いています。

 
 

そして1999年マカオが中国に返還され、マカオ特別行政地区政府は、スタンレー・ホー氏の独占を終わらせカジノ運営権を国際入札にする決定を下しました。

2002年の入札の結果、スタンレー・ホー氏のSJM、米国資本のウィンWynn、MGM、香港資本のギャラクシーGalaxyが経営権を獲得しました。そしてラスベガス・サンズSansと、香港オーストラリア資本のメルコクラウンMelco Crownも、遅れて獲得しました。

 

Wynn、MGM、Sans、Galaxy系は、リスボアのある友誼大馬路の北側周辺のカジノ&ホテル街よりも南側の元干拓地にカジノ&ホテルをオープン。

それは外国資本にとっては、次の展開のための助走時期というものでした。

 

上記のように、サンズSansがコタイ地区で、ベネチアン、そして後に、サンズ・コタイ・セントラルを展開し、
ベネチアンの東側には、アーストラリア香港資本メルコクラウンによるシティーオブドリームズが、
ベネチアンの西側には、香港資本によるギャラクシー・リゾートが進出しました。

 

マカオ半島の地元資本のしにせ、リスボアといえば、バージョンアップした、マカオのランドマークとなる、蓮の花をモチーフとした、巨大なグランド・リスボアを、リスボアのすぐ横に建て、ベネチアンと同じ2007年に開業しました。

 
 

そして、スタンレー・ホー氏のSJMは、リスボア、グランド・リスボア以外にも複数のカジノ&ホテルを経営し、外国資本のこれだけの攻勢にもかかわらず今もなお、マカオのカジノ総売り上げに占めるシェアは、依然として、No.1だということです。
 

意外でしたか?
 

スタンレー・ホー氏には、外国資本にはない、何か、伝統のマカオスタイルは、何か秘訣があるのでしょうか。

スタンレー・ホー氏についている常連客は、歴史が育てた、濃厚な、ひとたちなのでしょうか?

 

 

次の記事は、いよいよマカオのホテル&カジノの紹介です。

まずは、⇒ 『ザ ベネチアン マカオ リゾート の紹介』 、です。

 

 

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